featured-company 久留米市

漁師の休日をつくる

2026.04.30
株式会社サンカクキカク
久留米市
IoT
株式会社サンカクキカク

「漁師の休日をつくる」

— 株式会社サンカクキカク / 水産業の過重労働をIoTで解消、若手漁師の定着率を3倍にした港町の実験

山口県のある漁港で、定置網漁業を営む組合がIoTシステムの導入を始めた。目的は「漁師の働き方改革」だった。水産業は長時間労働と過酷な環境で若手の離職率が高く、この漁港でも5年以内の離職率は60%を超えていた。組合長は「若者が来ても、親父たちと同じように朝2時起きで毎日出海では続かない」と語る。

導入したのは、定置網に設置した水中センサーと、港の事務所に置かれたモニタリング端末だ。センサーは網への魚の入り状況をリアルタイムで検知し、一定量を超えた時のみ出漁を促す通知を送る。これにより「毎日網を確認しに行く」という作業が「必要な時だけ行く」に変わった。

組合員の平均年齢は58歳。当初は高齢の漁師から「機械に頼るなんて漁師失格」との反発があった。しかし組合長は、若手2名と高齢漁師1名を「IoT導入班」に任命し、実証実験を1年間行わせた。結果は明確だった。導入班の年間出漁日数は従来の70%に減少したが、漁獲量は逆に8%増加した。無駄な出漁が減り、魚が網に集まるタイミングを逃さなくなったからだ。

年間出漁日数の減少は、漁師にとって「休日」の増加を意味する。導入班の若手漁師は「月に4日は必ず休めるようになった。それだけで、続けていける気がする」と話す。組合はこの実験結果を全組合員に開示し、2年後には全10隻にIoTシステムを展開した。

さらに組合は、漁獲データの蓄積を始めた。何月の何日、何時にどの網にどのくらいの魚が入ったか。5年分のデータが集まると、季節パターンが見えてきた。これを元に「明日は出なくてもいい」と判断できる日が増え、出漁効率はさらに向上した。

このデータは、組合の交渉材料にもなった。従来は卸売業者が港に来て、漁師が獲ってきたものをその場で値段をつけていた。いわゆる「港競り」だ。漁師は相場を読むしかなく、価格決定権はなかった。しかし組合は蓄積した漁獲データを基に、「この時期のこの魚の入りは過去最低だ」と根拠を持って交渉できるようになった。結果として、平均売上単価は12%向上した。

若手漁師の定着率も変わった。導入前は5年以内の離職率60%だったが、導入後は20%に低下した。組合長は「休める漁師になりたい」と入ってきた若者もいると笑う。水産業のイメージは「過酷」だが、この漁港では「データを使いこなす漁師」という新しい職業像が生まれつつある。

このプロジェクトが他の漁業地域に与える示唆は二つある。一つ目は、IoTの導入目的を「漁獲量増加」ではなく「漁師の働き方改革」に置くこと。技術は人を幸せにするためにある。二つ目は、データの蓄積が単なる効率化を超えて、交渉力や事業戦略の基盤になることだ。

組合長は最後にこう話した。「漁師は海と向き合う仕事だ。でも、海と向き合う時間を増やすために、陸でデータと向き合う時間も必要になった。それが今の漁師だ」。